MusaRai
桜梅桃華@女装・TSF小説
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残業の果てに辿り着いた、僕の新しい世界:3

女子社員レッスン

「じゃ、立って。歩き方、見せてもらおうか」


椅子の背から背筋を伸ばすと、制服の生地がわずかに軋んだ。いつものように立ち上がろうとすると、タイトスカートの裾がぴんと張り、太ももの動きが制限される。意識せずとも内股になる。


瑠衣が一歩前に出た。


「じゃあ少し、歩いてみて。ちゃんと、“女の子”としてね」


――女の子として。


その言葉が、心の奥にひっかかる。無理やりねじ込ませたヒールのかかとが床を打つ。ゆっくりと、膝を意識しながら足を前に出す。


コツン、コツン、コツン。


細かく響く音が、静まり返ったオフィスにやけに大きく鳴り響く。


「そうそう、つま先をまっすぐ前に出して。あと、膝が離れすぎないようにね」


「もっとお尻キュッて締めて! 歩幅が大きすぎると男っぽくなるから」


左右に立つ女子社員たち――瑠衣、真帆、茜――が、歩くたびに細かく口を出してくる。


言われるままに体に力を入れ、足を出す。そのたびに、ストッキングが太ももを撫でてくる。


「……レンさん、今のすごくいい! 女子っぽい!」


茜がぱちぱちと拍手をする。



「ちょっと声も練習してみましょうか? “お疲れ様でーす”って」


「……え?」


「普通に、今の格好で、誰かに言う時みたいに」


目の前には、楽しそうな3人。だけど、僕の喉は乾いたままで、音が出ない。


「……お、お疲れさまです……」


「ダメダメ。声が低すぎ。もう一回、今度は優しく、吐息混じりに。女の子の声は“か弱く丸い”の」


――吐息混じり? 丸い?訳がわからない。


「すぅ……お疲れ様でーす……」


絞り出した声は、どこか自分のものじゃなかった。高くて、震えていて、でも……少しだけ、柔らかかった。


「そう、それ! 今のすっごく可愛い。ね、真帆さん?」


「うん。レンくん、目がさっきよりも優しくなったよ。だんだん中身も“女子社員”になってきたんじゃない?」


冗談めいた口調なのに、背筋が凍った。



「よし、じゃあ……次が最後の課題ね」


瑠衣がニッコリと笑った。


「“借り”の、最後の三割。これが済めば、もう全部終わり」


そう言って、社内の廊下の真ん中あたりを指さす。


女子トイレの扉。


「えっ、まさか……」


「もちろん、そのまま行ってきて。制服も化粧もヒールも全部そのまま。誰もいない深夜の社内だから、安心して」


「ちょ、ちょっと待って――」


「これだけやればもう終わりなのに。あれっ、もしかして女の子の恰好、気に入っちゃった?」


真帆がいやらしげに見つめる。


「トイレを済ませて戻ってくるだけ。それで“借り”は完済なんだよ?」


その言葉に、喉がカラカラになる。胸元に貼りついたブラウスが、急に暑苦しくなる。


さっさと行って終わらせるしかない。



ヒールの音が廊下に響く。


誰もいないオフィス。非常灯の緑色だけが、ぼんやりと床に影を落としている。


手を伸ばし、女子トイレの扉に指をかける。冷たい金属の感触が、指先に伝わる。


胸がドクンと跳ねる。


中は、男子トイレと大きく変わらない。白いタイル、壁に並ぶ鏡。違うのは、小便器がなく、扉付きの個室が並んでいること。


その一番手前の個室に、僕は一歩足を踏み入れた。


背後で扉が静かに閉まる。


――誰もいないのに、誰かに見られているような気がする。


震える手でスカートをまくり、ストッキングを下ろす。手のひらが汗で濡れている。


ほんの数十秒。でも、永遠のようだった。



だけど、個室でひとりきり。

さっきまでのざわつきが嘘みたいに、心がすこしだけ静まっていた。

個室を出て、手を洗いながら顔を上げた。鏡に映る自分の顔は、まだ“女の子”のままだったけれど、どこか他人事みたいに見えた。


これでこの格好も、終わりだ。

制服のスカートの裾を直し、ため息をひとつ。

女子トイレのドアに手をかけた。



「おかえり、レンくん」


廊下へ出た瞬間、2人が待ち構えていた。

瑠衣は腕を組んでにやりと笑い、真帆も髪をいじりながらこちらを見ている。


カシャ。

カシャ。


無機質なシャッター音が、薄暗い静けさを鋭く引き裂いた。

振り返ると、反対側では茜が無言でスマホを構えていた。




「えー! レンさん、女子の制服で女子トイレから出てくるなんて!」


「あらー、これが社内に出まわったら、大問題だよ? レンくん、懲戒解雇されちゃうかも……」


茜と真帆がはやし立てる。


「ちょ、やめてってば……!」


思わず声が裏返る。


その時だった。


「でも安心して。私たちがちゃんと守ってあげる。その代わり――」


瑠衣が笑顔で語る。


「これからは、こっそり“女の子”として過ごしてもらうね」


もう逆らえない。――何も、言えなかった。



【4章へつづく…】


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