MusaRai
桜梅桃華@女装・TSF小説
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残業の果てに辿り着いた、僕の新しい世界:7

千尋の誤解と真っ赤な唇

「レンさん、ちょっとお仕事の相談いいですか?」


16時頃、外注先に送る発注メールを作成していた僕に、千尋が声をかけてきた。

彼女の瞳は真剣で、いつもの柔らかい笑顔は影を潜めている。


僕はさっきのやり取りが頭をよぎり、今日はできれば千尋と関わりたくなかった。

それでも断る理由はなく、小さく頷くしかなかった。


「う、うん。どうしたの……?」


千尋は手に持っていた契約書を僕に見せ、細い指で文字をなぞりながら、眉を寄せて言う。


「この但し書きなんですけど……解釈が曖昧で、自分なりに調べたんですけど、どうしても確信が持てなくて」


僕はパソコンから椅子をずらし、書類を受け取って覗き込んだ。


視線を走らせながら説明しようとした、その瞬間――。


「あ……!」


千尋の声が小さく漏れた。

彼女の視線が僕の胸元で固まっている。


(やばい……!)


シャツの布地から透ける赤いレースのブラ。

千尋の瞳がかすかに揺れるのを、僕は確かに見てしまった。


慌てて背筋を伸ばし、書類で胸元を覆う。

体温が一気に上がり、呼吸が浅くなる。

「……やっぱり」

千尋が小さく呟いた。


その声が耳に焼き付く。

僕は唇を強く噛み、何も聞こえていないフリをして説明を続けるしかなかった。


◆


契約書の確認を終えたあとも、デスクで文字を打つ手が震えていた。

背後から千尋の視線を感じるたびに、心臓が縮み上がる。

逃げ場のないまま、椅子に沈み込む。


やがて千尋が再度、僕のデスクの横に立った。


「レンさん……今日、仕事終わりに少し付き合ってもらえませんか?買い物に行きたくて」


「え……」


思わず振り返る。

断りたい。今すぐにでも帰って、この下着を脱ぎたい。


「今日は忙しくて……また今度じゃダメかな?」


「プレゼントを買いたくて、どうしても今日じゃなきゃダメなんです。レンさんにも、どうしても付いて来てほしくて……。お願いします!」


千尋の真っ直ぐな瞳と声に圧倒されてしまった。


「……わ、わかったよ」

搾り出すように答えた自分の声は震えていた。


◆


定時を過ぎ、僕と千尋は駅前の商業ビルに向かった。

人混みの中を歩きながら、心臓はずっと落ち着かない。

何度も「やっぱり用事を思い出した」と言い訳しようか迷ったが、隣を歩く千尋の横顔を見るたび、その言葉は喉に詰まった。


エスカレーターを上り、辿り着いたのは化粧品売り場だった。

聞いたことがあるブランド名に、香水の甘い匂い。鮮やかな口紅やアイシャドウがずらりと並んでいる。

僕は思わず足を止める。


「ど、どうして……化粧品売り場に僕を……」


「ふふっ、驚きました?」

千尋は振り返り、少し照れくさそうに笑った。


「いつもお世話になってますし、レンさんに合う化粧品をプレゼントしたいなって思って」


「えっ……そ、そんな、僕が化粧品だなんて……」

慌てて首を振る。


だが千尋は首を横に振り返す。


「大丈夫です。私からの気持ちですから。……レンさんに似合うものを私に選ばせてください」

陳列棚を眺め、少し迷った後、彼女の指がショーケースから一本のリップを取り上げた。


深い赤。鮮烈な色合い。

真っ赤な口紅を、彼女は差し出してきた。


「レンさんに……これどうですか?きっと似合うと思いますよ!」


「……っ」

唇が震える。


彼女は何も言わない。でも行動がすべてを物語っている。


僕が自分から好んで女装をしていると思っている……。


とはいえ、経理の3人に弱みを握られている以上、言い訳もできない。


僕はぎこちなくそのリップを受け取った。

掌に伝わる重みが、恥辱の証のように感じられる。


「ありがとう……でも……」

声が裏返る。拒否することもできない。


「気に入ってくれると嬉しいです!今、買ってきますね」

千尋は穏やかに微笑む。その瞳には、確信と優しさが入り混じっていた。


◆


購入を済ませ、千尋が戻ってきた。


「レンさん、お待たせしました!会社には無理かもしれないですけど……お休みの日に使ってみてくださいね」

千尋は優しい笑顔で紙袋を差し出した。


「うっ……あ、ありがとう……」


(どうして……どうしてこんなことに……)


赤いブラ。真っ赤なリップ。

真実とは違う自分が、じわじわと形作られていく。

羞恥に震えながら、僕は紙袋を強く握りしめた。


そのまま足早に出口へと急ごうとしたその時だった。


◆


「あらっ、偶然ね」


振り返ると、そこに立っていたのは瑠衣と真帆。


二人とも仕事終わりらしく、私服に着替えていた。けれど、その笑みには仕事中と同じ鋭さが漂っていた。


「る、瑠衣さん……真帆ちゃん……どうしてここに……」


僕が声を詰まらせると、瑠衣はわざとらしくショーケースを見ながら言った。


「ここのリップいい色だよね。私もルイくんと同じの使ってるの。発色がすごく良くて、肌なじみもいいよね」

「ち、違っ……これは、千尋ちゃんに……」


「へぇ、そうなんだ」

真帆が横から口を挟む。唇に浮かぶ笑みは柔らかいのに、どこか鋭い。


「やっぱり千尋ちゃんのセンス、いいよね。レンくんにも似合いそうだよね」


「えっ……あ、ありがとうございます!」


千尋の頬がぱっと赤くなり、嬉しそうに笑う。


――違う、僕が望んだわけじゃないのに。


「ふふっ……」

瑠衣と真帆は目を合わせ、意味ありげに笑い合う。

僕だけが逃げ場を失い、ただ下を向く事しかできなかった。


◆


「よし、それじゃあ――」

沈黙を切り裂いたのは瑠衣の声だった。


「次はレンくんに似合う服を探さなきゃね。ねえ、千尋ちゃん。私たちも一緒に見て回っていい?」


似合う服――!?

胸の奥で警鐘が鳴る。どう考えても、また女物を着せられるに決まっている。

血の気が引き、僕は慌てて首を横に振った。


「い、いや、もう帰るところで……!」


必死に言い訳をする僕に、千尋がぱっと顔を輝かせる。


「いいじゃないですか!」

その無邪気な笑顔に、逃げ道はますます狭まっていった。


「せっかくなら、リップに合う服も見てみたいです!」


(やめてくれ……)

心の奥で叫ぶが、声にはならない。

赤いブラ、真っ赤なリップ、そして今度は服まで――。


【8章へつづく…】

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